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西本照真,「三階教の研究:『対根起行法』を中心」


東京:東京大学文学博士,1996.3.4。


審查委員:木村清孝、江島惠教、末木文美士、島薗進、丘山新


論文摘要


 三階教とは,南北朝末期から隋代に活動した仏教者信行(540-594)によって始められた仏教の一宗派である.本論文は,三階教の近代的研究の出発点といえる矢吹慶輝『三階教之研究』(1927年)の成果と問題点を整理し,その後の三階教研究の諸成果も取り入れつつ,三階教とは何かという問題を改めて問い直そうとするものである.矢吹の研究の問題点は,個々の文献の性格や文献相互の関係について緻密に検討されていないこと,信行の著作とそれ以降の著作を区別しないで三階教思想を論じていること,テキストの翻刻,校訂,読みに厳密さを欠くことなどである.これらの問題点を踏まえて,本論文の課題として次の5点を設定した.

 (1)『敦煌宝蔵』所収の敦煌写本の中から新たな三階教写本を捜集する.矢吹が発見しながら番号が不明のためアクセスできない三階教写本について番号を特定する.

 (2)新出写本も含めて,現存する三階教写本の文献的性格の再検討を行なう.

 (3)開祖信行の著作を中心とした三階教思想の解明をおこなう.中でも,最晩年の著作と推定される『対根起行法』の思想について深く検討する.

 (4)新出資料P2849に基づいて,三階教教団の修行生活の特徴について解明する.

 (5)三階教の主要文献の一つである『対根起行法』について,新たにその一部であることが特定されたS5841も含めてテキスト校訂を行なう.同時に現代語訳と註釈を作成する.

 以上の課題に基づいて論述された本論文は,第1部「資料の考察」,第2部「思想の研究」,第3部「『対根起行法』テキスト研究」の3部からなる.

 第1部「資料の考察」は課題の(1)と(2)の達成を目標とした.序節では矢吹の発見した断片の中で番号不明の6点の写本番号を特定し,さらに新たな三階教写本として6点の写本,8文献の紹介を行った.第1節から第11節は,文献的性格の再検討が必要と思われる写本を一つ一つ取り上げて,その内容,成立,写本の特徴などについて考察した.

 第2部「思想の研究」は課題の(3)と(4)の達成を目標とした.信行の主要な著作における「階」の語の用法を検討し,三階教の基本的思想構造が,一乗,三乗,空見有見の衆生という三階の根機に対して第一階,第二階,第三階の仏法を説くという点にあることを明らかにした.三階教のねらいは第三階の空見有見の衆生に対して第三階の仏法を説くことにあった.したがって,第三階の空見有見の衆生とは何かという問題と,第三階の仏法の中心である「普敬」と「認悪」の思想について,教証を引きつつ詳しく解明した.また,P2849の第一文献『制法』が三階教の教団規律であることを証明し,それに基づいて三階教の思想が実践的に具体化される過程を考察した.

 第3部「『対根起行法』テキスト研究」は課題の(5)に対応する.思想研究の前提となるテキスト校訂,現代語訳と註釈の作業を信行の主要な著作である『対根起行法』に関して行った.『対根起行法』のテキスト校訂では,矢吹が用いたS2446,龍大写本,および智儼『五十要問答』における引用箇所に加えて,S832とS5841の二つの写本も校合した.

 「〈付1〉三階教写本資料」は,今回あらたに捜出した写本を中心に複写資料を掲載した.


審查摘要


 中国・隋代に成立した三階教は、開祖信行の没後間もなくから繰り返し禁圧されながら、宋代の初め頃まで多くの民衆の支えとなった特異な仏教の一派である。しかし、資料論を含むその本格的な研究は、仏教思想史上、また中国社会史上の重要性にもかかわらず、約70年前の矢吹慶輝の『三階教之研究』以後、現れていない。本論文は、改めて厖大な敦煌文献その他の関係資料を博捜・検討し、明確な方法論的自覚のもとにその思想と実践の基本的特徴を解明しようとしたものである。

 本論文は、三部からなる。第一部は「資料の考察」であり、敦煌写本中の三階教関係文献などが網羅的に収集され再検討される。この中には、著者が初めて見出したものや確定したものも含まれている。第二部は「思想の研究」と名づけられ、三階教思想の枠組みとその根本思想、ならびに実際の教団内の宗教活動が追求される。ここで著者が、「三階」の意味をほぼ完全に解明したことと、新資料『制法』の内容を詳細に分析し呈示したことは、とくに注目に価する。第三部は、もっとも重要な資料といえる信行撰『対根起行法』のテキスト研究である。ここでは同書の諸本が対校され、校訂本が作成されるとともに、その現代語訳と綿密な注釈が付されており、この仕事が本研究のベースとなったことを窺わせている。

 以上、本論文の概要を述べた。要するに、本論文は、原資料の解読と推論の仕方に若干の問題は残すものの、明らかに従来の研究をいくつかの面において凌駕しており、かつ、今後の研究のさらなる進展を予測させる。本審査委員会は、これが博士(文学)の学位に相当する成果であることを認めるものである。
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