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「三国志学会の設立──学際的な研究の場を求めて」


渡邉義浩(大東文化大学教授)


『日本中国学会便り』2007年第1号(2007/04)


 三国時代は、統一王朝として最も長く四百年も続いた漢の崩壊を受けて、文化の価値観をはじめ、国家の支配体制・社会の構造が大きく変動していく時代である。漢の儒教一尊の崩壊は、文学の経学からの自立をもたらし、建安文学と呼ばれる中国で最初の自覚的な文学活動をもたらした。また、思想面では、儒教に代わり道教が台頭して玄学が起こり、仏教の受容も本格化し始める。歴史学の時代区分論争では、三国時代から始まる魏晉南北朝を中世と捉える「京都学派」と古代と考える「歴研派」との間で、激しい論争が繰り広げられたほど、大きな変革の時代なのである。
 その変革の時代の生きざまの激しさを掬いあげた『三国志演義』は、中国の四大奇書の一つに数えられ、毛沢東をはじめとして多くの中国人に影響を与える一方で、日本人にも深く受容されている。
 しかしながら、従来の研究においては、建安文学・魏晉の哲学宗教・三国時代史・三国志演義の研究者が一同に会して共同研究を行い、相互の研究成果を披露し、問題意識を共有することはなかった。近年ようやく文学・哲学研究において、歴史的背景が重視されつつあるが、歴史学の協力を仰がないそれは、歴史学の成果を十分には取り入れていない。一方、歴史学においても、文学・哲学研究の成果を取り入れる動きは、本格化しているとは言い難い。
 こうした現状に鑑みて、われわれは、建安文学・魏晉思想・三国時代史・三国志演義の研究者が、それぞれの研究分野の垣根を取り払って、学際的な総合的研究を行うことを目指し、昨年の夏に、三国志学会を設立した。
 第一回大会で狩野直禎会長が宣言した「三国志学会 設立趣意書」を掲げておく。

一、三国志学会は、研究者だけではなく、三国志を愛するすべての人に開かれ、その交流の場となることを目指す。
一、三国志学会は、三国時代の歴史・文学・思想・宗教のみならず、『三国志演義』を中心とする三国志文化を学ぶすべてのものを結集することを目指す。
一、三国志学会は、日本・中国・韓国・東南アジアをはじめとするアジアの文化交流の架け橋となることを目指す。

以上の目的のため、三国志学会を設立することを、ここに宣言する。
 三国志学会の目的は、以上の三点の実現にある。
 第一に、三国志学会は、中国学の底辺拡大を目的としている。昨年の秋、大東文化大学で開催された日本中国学会第五十八回大会では、「中国学への提言――外から見た日本の中国学研究」というオムニバス講演会が行われた。丸尾常喜理事長が、「日本の中国学の地盤沈下」と表現する現状にいかに対処するのか。それが講演会の開催趣旨であった。
 内閣府の調査によれば、中国が嫌いという日本人は六割強にも達し、三割強の好意的な人々を大きく凌駕しているという。一般の人々の動向は、政治とも絡んでおり、学会や個人の力を超える問題だとは思われる。しかし、一般にも関心の高い「三国志」の学会は、広く門戸を開放して、少しでも中国に関心を持ってもらいたい。三国志学会が、年に一回の大会だけではなく、啓蒙書を監修・編集するのは、こうした思いの現れである。幸い、昨年の第一回大会には、おかあさんに連れられた小学五年生の女の子から、ご年配の方まで、研究者以外の多くの参加者を得た。五年生の女の子は、すべての発表を聞いて、一生懸命メモを取っていた。後生畏る可し。こうした若い世代に、中国に関心を持ってもらいたいのである。
 第二に、三国志学会は、学際的な研究の場となることを目的としている。狩野直禎会長(三国時代史)のほか、大上正美副会長(建安文学)・堀池信夫副会長(魏晉思想)・金文京副会長(三国志演義)という三名の副会長が中心となって、それぞれの学問分野の長所を生かしながら、学際的に共同研究の場を作りたい。その成果は、年刊の機関紙『三国志研究』により公開される。第一号(二〇〇六年一二月刊行)の目次を掲げておこう。
  講演 狩野直禎「わたしと三国志」
  論考 石井 仁「呉・蜀の都督制度とその周辺」
     和田英信「建安文学をめぐって」
     竹内真彦「呂布の装束
          ──その意味についての考察」
     渡邉義浩「九品中正制度と性三品説」
 第一の目的と第二の目的を両立させることは難しい。現在のところ、大会の内容を講演と研究報告に分けて、それぞれ第一・第二の目的を達成することを目指しているが、第一の側面がおろそかにされていることは否めない。今後の課題であろう。
 第三に、三国志学会は、アジアの文化交流の架け橋になることを目的とする。狩野直禎会長は、マレーシアの三国志学会に招かれたことがある。タイでは、三国志のTV放送により趙雲が大人気、国王の伯父が「趙雲に学べ」と国民に呼びかけたという。第一回大会では、劉世徳(中国社会科学院)・沈伯俊(四川大学)・周文業(首都師範大学)の三先生をお招きして、劉世徳先生に、「『三国志演義』嘉慶七年本試論」という講演をいただいた(『三国志研究』第二号に掲載予定)。今年の第二回大会では、韓国から講演者をお招きする予定である。
 第二回大会は、二〇〇七年七月二九日(日)、大東文化大学で行われる。年会費は2000円で、それ以外の入会資格は設けていない。入会を希望される方は、ホームページより入会申込書をダウンロードして、必要事項をお書き込みの上、メール(sangoku@ic.daito.ac.jp)に添付して送っていただきたい(連絡先、〒175-8571 板橋区高島平1-9-1 大東文化大学文学部中国学科渡邉義浩研究室内 三国志学会)。
 三国志学会は、三国志に関心のあるすべての人々をお待ちしている。


 

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