保守勢力に先進性? 城陽・芝ケ原9号墳 土器に朝鮮半島の様式


京都新聞 2006年8月20日


 京都府城陽市教委が発掘調査を進めている久津川古墳群の1つ、芝ケ原9号墳(同市久世)から、5世紀後半の陶質土器か初期須恵器とみられる土器が19日までに出土した。宇治市と城陽市にまたがり100基近くを擁する府内最大の同古墳群で朝鮮半島の様式の土器が見つかったのは初めて。市教委は「保守的とされた勢力の先進性が浮かび上がった」としている。
 調査によると、見つかった土器は、把手付短頸壺(とってつきたんけいつぼ)。口部は直径約10センチ、高さは推定2、30センチ。朝鮮半島から持ち込まれた陶質土器か、その技術をまねて国内で作られた初期須恵器とみられる。墳頂部の約1メートル下から出土した。木棺を包み込んだ粘土槨(かく)の上にあり、副葬品らしい。


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芝ケ原9号墳から出土した土器(城陽市久世)
 芝ケ原9号墳は直径約25メートルの円墳で、古墳時代中期後半(5世紀後半)の築造とされる。先端技術で作られた品を入手できたことから、市教委は埋葬されたのは中堅級の人物とみている。
 久津川古墳群は4世紀中ごろから7世紀前半に築かれ、5世紀に南山城全域を支配した勢力が造ったと考えられている。古墳時代中期から埋葬施設として一般的になってきた石室を採用せず、粘土槨を使い続け、これまで保守的とされてきた。
 今回の調査は、9号墳が久世小の中庭にあるため、夏休みを利用し7月下旬から実施していた。

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