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講 題:「記憶と歴史──唐王朝の律令制度と王権儀礼」(日本「法制史学会」第60回総会)


主講人:妹尾達彦(中央大学)


日 時:2008420 (Sun)16:0017:00


會 場:名古屋大学IB(アイビー)電子情報館2階大講義室


內容簡介:


近代歴史学の方法を再検討する近年の学術動向は、従来、時間をあつかう歴史学で比較的軽視されていた空間の認識を、時間の認識と相関して論じる機運を高めさせている。この動向の中から、時間の認識に関しては、歴史historyと記憶memoryの違いに注意がはらわれるようになり、歴史の舞台の認識については、空間spaceと場所placeを分けて考える傾向が生まれている。
 ここでいう記憶とは、過去に対する個人や人々の脳に蓄積された情報を広くさしており、歴史とは、政治(国家に集約的に現れる他者を強制する力)によって編集された過去の事象をさしている。また、場所とは、個人や集団の記憶の対象となる場のことであり、空間とは、政治によって編成された舞台のことである。あえて単純化すれば、空間と歴史は、公・政治・普遍・宇宙論・抽象に関連づけられるのに対して、記憶と場所は、私・生活・個別・説話・具象に結びつけられ、空間と歴史に重きを置きがちの従来の歴史叙述に対して、場所と記憶の重要性に注意をはらう近年の歴史叙述を生じさせた。
 本報告は、このような研究動向をふまえて、9世紀の中国における律令制度と王権儀礼の関係を再検討するものである。律令にもとづく統治制度である律令制度と、為政者の権力と権威を視覚化する王権儀礼とは、同じ王権理念にもとづく制度ではあるが、目指す社会的機能は相当に異なっており、施行される場と時間、社会状況によっても大きな違いがある。上述の分類を用いれば、律令制度が、あくまで空間と歴史に関わる制度であるのに対して、王権儀礼は、空間と歴史、記憶と場所という二種の異なる認識をつなぐ装置であるがゆえに、律令を補完していく機能をはたしたと思われる。そして、このような王権儀礼の機能は、とりわけ、世俗化が進展して、日記や備忘録、筆記という形で個人の記憶を書きとどめる制度が社会に定着していく、89世紀以後に顕著に見られるようになる。
 本報告では、9世紀における律令制度と王権儀礼の関係を、天台宗の僧・円仁(794864)の唐での滞在記として著名な『入唐求法巡礼行記』の記述内容と、同時期の中国側の文献史料とを対比させることで分析してみたい。『入唐求法巡礼行記』の記述の中でも、分析の主な対象を、円仁の長安滞在期間(840821日から845516日までの約410ヶ月)の箇所におくことにしたい。その理由は、当時の都城・長安における円仁の見聞や経験の中に、9世紀中国の律令制度と王権儀礼の関係とその変化のあり方が集約されている、と考えるからである。
 円仁が日記を書いた9世紀の時期的特色は、45世紀以来のユーラシア大陸の変動をうけて構築された普遍的な制度が、ユーラシア大陸各地域の固有の伝統主義の復活と世俗化の進展にともない、大きく変貌し始める時期にあたることである。中国大陸においては、67世紀の統一王朝の形成とともに整備された律令制度と王権儀礼の枠組みは、国家の歴史と空間に個人の記憶と場所が併存するようになる9世紀以後の時代状況に合わせて、変化を加速させていった。本報告の最後には、9世紀以後に本格化する中国大陸におけるこのような制度の転換は、大局的な観点にたてば、同時期のユーラシア大陸中央部(イスラーム世界)や、ユーラシア大陸西部(ヨーロッパ・地中海世界)における制度の変貌と連動する現象ではないか、という仮説を提示してご指正を仰ぎたい。

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